つっころ橋の二枚目 2022.07.16 つっころ橋の二枚目夫の足跡が、点々と残っている。玄関から外へ、上子(かみこ)はあとをつける。三和土の上に規則正しい歩幅で十二歩。三歩目と七歩目が少しくっきりとしている。そこでいったん立ち止まったものと見える。バランスを崩したというほどの窪みではないから、振り向いたりしたのかもしれない。足
従者 2022.07.14 今日も、薄明かりの中、小鳥たちの澄んだ声に目覚めます。まどろみの中、小鳥たちの歌声を聴きながら朝食を待つこの刻をこよなく愛おしく思うのです。この時を惜しむように、布団を目元まで押し上げ再び目を閉じます。そして、今日起こるべく「善い事」に思いを巡らせるのです。不意をついて、黄金の光の束
ボストンバック 2022.07.14 ボストンバック十七歳で働きだした時から、自分は大人だと思ってきました。大人になってもう三年も経ったのです。だから子ども時分がどうだったかなんて、考える必要も思い返す必要もないと思っていたのですが、話したほうが良さそうです。 私がこの病院に来た理由と繋がっているような気がするからです。聞いてくださ
僕と左手と 2022.05.30 僕の左手がかえってきた。散々殺菌された手はひどく他人行儀に振る舞っていた。アイデンティティを漂白され限りなく物に近い何かになっているように思えた。そのせいで逆に僕の体の一部としては異質の存在となった。高校を卒業し、僕は地元の大学へ、未羽は東京の大学へとそれぞれ進学した。寂しがり屋の彼女は東京
肩パン 2022.05.30 『肩パン』中ニの夏頃、スリッパの裏を一部くり抜いて壁に飛ばし破裂音を響かせる遊びの次に流行ったのが肩パンだった。肩パンは単純な遊びで、ただお互いの二の腕をグーパンチで殴るだけのこと。それを繰り返し喜び合う波は陰キャの僕たちのもとまで押し寄せてきた。殴り殴られ続けた僕らの右の二の腕はや